お腹の中に
キモカワイイ虫たちが!?
戦国時代の医学書「針聞書」の
ユニークな世界をご紹介

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はじめに

鍼灸の歴史に関係するとてもユニークな話題をご紹介します。

それは「ハラノムシ」というものです。
ハラノムシとは、戦国時代に編まれた医学書「針聞書」に描かれた、人の体内に潜んで病気を引き起こすと考えられていた虫のこと。

馬や牛、人の顔、トカゲやヘビなど、様々な形をした虫が63種類も紹介されています。
現代ではファンタジーのような話ですが、当時は誰もが実在すると信じていました。
この医学書は、大坂の茨木二介という鍼灸師によって編まれたもので、江戸時代には医師の間で実際に使われていました。
茨木二介は、鍼灸の聖地と呼ばれる茨木市に住んでおり、私たち茨木の鍼灸師会の先祖とも言える人物です。このハラノムシは、茨木二介が自ら観察したり、他の医師から聞いたりしたものを想像図として描いたものです。
当時は西洋医学がまだ入ってきておらず、人体解剖や顕微鏡などもなかったため、人間の体内には虫が棲んでいて、その虫があらゆる病気を引き起こしているという考え方が一般的でした。
今では信じられないような話ですが、当時の人々にとっては真剣な問題でした。

しかし、その一方で、ハラノムシはとてもユーモラスでキャラクター性のある生き物でもありました。現代日本のキャラクターたちにも通じる感覚やメッセージを持っています。

ハラノムシは、見た目は怖いけれど、実は愛らしい妖怪みたいなもの。鋭い爪やクチバシで人のお腹をつつき、食べたものを全部食べてしまいます。だから、ハラノムシに憑かれた人はどんどんやせていってしまうのです。
でも、ハラノムシは自分を守るために、頭に笠をかぶっていて、人が飲んだ薬も、この笠で効かなくしてしまうのです。こんな妖怪が自分のお腹にいたら、怖くて泣いてしまうでしょう?
でも、なんだかハラノムシは憎めなくてなんだかキュートに見えてしまうのです。
その不思議な魅力に、ほっこり笑ってしまいます。

そんなハラノムシは全部で63匹いますが、このページでは一部の虫たちを紹介していきます。
ハラノムシの世界に一緒に旅してみましょう。

ハラノムシの種類

ハラノムシは、人間の体内に棲んでいる場所や引き起こす病気によって分類されています。
ここでは、「獣型」「虫型」「蛇型」「顔面型・岩石型」「混合型」の5つに分けて紹介します。

【獣型・亀型・魚型】

馬や牛など動物に似た形をした虫です。心臓や肺など重要な臓器に棲みます。強い光や火事などを見ると暴れだしたり、血液や食べ物を横取りしたりして様々な症状を引き起こします。

馬癇(うまかん)

心臓に棲んでいる、馬のような見た目でとても足の速い虫です。強い光や火事などを見ると暴れだします。現在でいう、てんかん症状の原因の1つと考えられていました。別名「心の聚(しんのじゅ)」とも言います。激しい鍼治療は施してはいけません。

鬼胎(きたい)

左の脇から生まれる、イライラの虫。大きめの盃くらいの血の塊がだんだん大きくなり、やがて中心部に牛のような顔ができます。気性は激しいのに脇腹から子宮に向かって非常にゆっくりと移動します。その間じゅう、取り憑かれた人間はイライラしやすい状態、ヒステリーになります。鍼を刺して逆ギレされると逆効果になるので施さない方がいい時もあります。

脾臓の虫(ひぞうのむし)

脾臓に棲んで、肝臓や筋肉に悪さをする虫です。現代でも毎年夏に問題になっている、熱中症によく似た症状を引き起こします。熱で真っ赤になり、頭を強く打ったようなめまいが起き、体が火照ります。漢方薬のモッコウとダイオウで消えるといいますが、この脾臓の虫くん自身も目を回してフラフラしています……

悪中(あくちゅう)

脾臓に棲んで、人のご飯(炊いたお米)をお腹の中で横取りする虫です。たくさん食べても太らない人(痩せの大食い)に取り憑いているとされましたが、こんな虫なら大歓迎!?木香(モッコウ)の服用でみな消滅してしまいます。

虫型

昆虫やトンボなど虫に似た形をした虫です。肺や腰など様々な場所に棲みます。汗や嘔吐を引き起こしたり、鳴き声を出したりして不快感を与えます。

肺虫(はいむし)

こちらも人が食べたご飯を横取りする虫。カラフルな羽を持っています。普段は肺に棲んでいますが、この虫が対外のどこかへ行ってしまうと、取り憑かれた人は死んでしまい、虫は人魂に変わってしまいます。出ていってほしい?行かないでほしい?……

腰抜の虫(こしぬけのむし)

ぎっくり腰の虫です。トンボのような姿と鋭い尾を持ち、腰の辺りに入り込みます。背骨に巻きつき締め付けて、尾の棘で腰を突き刺します。汗が垂れて嘔吐を引き起こし、息苦しくなるやっかいな虫で、モッコウとカンゾウが効果的とされました。西洋でもぎっくり腰は「魔女の一撃」と言われ、突然やってくる暴徒と捉えるのは、昔から世界どこも共通のようです。

【蛇型】

ヘビやトカゲなど爬虫類に似た形をした虫です。脾臓や肝臓など内臓に棲みます。移動が速くて逃げられないとされました。悩みやストレスを引き起こしたり、気絶や頓死を招いたりする恐ろしい虫です。

鳴き寸白(なきすばく)

お腹をごろごろ鳴らすだけの、なんとも無害な虫です。仲間には、腹部などに激痛を引き起こす凶暴な「寸白虫(すばくちゅう)」や「噛み寸白(かみすばく)」もいますが、蛇のような姿の両端とも頭になっているこの虫は、どうやら平和主義者のようです。

小姓(こしょう)

この虫に取り憑かれると手の打ちようがありません。不治の病になります。「病膏肓に入る」と言われ、名医でも手の施しようがない、の語源の中国故事から生まれた虫ですが、その症状は「ペチャクチャおしゃべりになる」。井戸端会議のような場で多数見られそう…?小姓とは「子供」の意味で、甘酒が大好物になります。

悩みの虫(なやみのむし)

肺に棲み、落ち込ませる虫です。些細なことにも悲しんで、世の中が嫌になってしまうやっかいな代物です。しかし物憂げな表情を見ていると、どうにもこの虫の好きな酸っぱいものをあげて慰めたくなってしまいます。レモン酎ハイなんかで今夜イッパイどーですか?

肝の聚(かんのじゅ)

肝臓に棲んでいる、白ヘビのような虫で耳と尻尾が赤いです。移動が速くて逃げられないとされました。悪寒や発熱、吐血などを引き起こします。別名「肝虫(かんむし)」とも言います。

寸白虫(すばくちゅう)

腹部に棲んでいる、トカゲのような虫です。激しい腹痛や下痢を引き起こします。別名「腹虫(はらむし)」とも言います。1年に1,2度、あるいは1ヶ月に一度、腹部と陰嚢に激痛を引き起こします。長さが15メートルを超えた寸白虫にとりつかれると必ず死んでしまいます。治療は鍼術が効果的です。

腸の虫(はらわたのむし)

腸に棲んでいる、ヘビのような虫です。あちこちに生えた足で五臓六腑にしがみつく凶悪な虫。食欲不振や便秘、下痢などを引き起こします。別名「腸虫(ちょうむし)」とも言います。引起草をお茶のようにして服用すると効果的。

【顔面型・岩石型】

人の顔や岩石に似た形をした虫です。脾臓や心臓など内臓に棲みます。血液や水分を吸って大きくなったり、体内で固まったりして圧迫感や痛みを引き起こします。

脾の聚(ひのじゅ)

脾臓に棲んでいる、人の顔に似た虫です。岩石のようで大きい口を持っています。リラックスしてたり人に酔うと突然出現して血液を吸って大きくなります。脾臓が腫れて圧迫感や痛みを引き起こします。別名「脾気(ひき)」とも言います。

肺積(はいしゃく)

肺に棲んでいる、岩石に似た虫。幼虫と成虫がいます。臭覚が鋭く水分を吸って固まります。呼吸困難や咳、喘息などを引き起こします。クヨクヨ悲観的にもなります。別名「息賁(そくほん)」とも言います。

肝積(かんしゃく)

肝臓に棲んでいる、女性の乳(顔が乳頭、体が乳房)のような形です。肝臓が腫れて圧迫感や痛みを引き起こします。別名「肥気(ひき)」とも言います。怒りで顔が青ざめてすぐに人を怒鳴りつけます。油臭いものを嫌がります。左脇腹の本体に鍼を刺し、背骨にも刺す鍼術を施します。

心積(しんしゃく)

へそから心臓に棲んでいる、人の顔に似た虫。血液を吸って大きくなります。心臓が圧迫されて動悸や胸痛などを引き起こします。取り憑かれると焦げ臭いニオイと苦い味が好きになります。精神力を弱め、いつもヘラヘラ笑うようになります。勢いよく成虫になると治りにくくなります。別名「伏梁(ぶくりょう)」。

【混合型】

上記の型に分類されない、複雑な形をした虫です。様々な場所に棲みます。様々な症状を引き起こします。

大酒の虫(おおざけのむし)

取り憑かれると大酒飲みになる虫です。年末年始は特に元気に活動しそうな虫。腹部に棲息しますが、とりつかれた人が死亡しても腹の中に居座り続けます。赤土のような砂利の身体の内部は虫どもがたくさん住み着いています。

小児の虫(しょうにのむし)

子供に取り憑く虫。馬と牛と人の顔が混ざったような形をしているものも。いろんな形態があります。目が吊り上がったり、お腹を下したり、発熱やけいれん、夜泣きや急に亡くなることさえも…。口内炎、歯槽膿漏、母乳を吐き出したりなども引き起こします。成長した虫は治りにくくなります。

胸虫(むねむし)

胸に棲む虫です。いろんな形をしています。虫が攻め登ってくると言葉にできない激痛に耐えられず失神してしまいます。胸が圧迫されて息苦しくなったり、咳や喘息などを引き起こします。生半可な鍼術は通用しない。

脹満(ちょうまん)

お腹から全身に棲む虫です。白い触手を手足の末端まで伸ばします。目のような渦巻きは触手が畳まれた状態。お腹だけじゃなく全身パンパンに腫れ上がるようになります。食欲不振や胃痛、吐き気などを引き起こします。体に悪いものを好むようになります。

腎冷の虫(じんれいのむし)

腎臓に棲む虫です。長い虫短い虫が陰血(生殖器に関わる血)の中に侵入、暴挙。体力を消耗すると腎臓を中心に破壊活動を起こします。「腎冷」という病気で取り憑かれると人は死んでしまいます。

ハラノムシの魅力

ハラノムシは、人間の体内に悪さをする虫として描かれていますが、その一方で、とてもユーモラスでキャラクター性のある生き物でもあります。
現代日本のキャラクターたちにも通じる感覚やメッセージを持っています。
ここでは、そんなハラノムシたちの魅力をいくつか紹介します。

ユルさ

ハラノムシは、現代の私たちが思うような昆虫の姿ではありません。馬や牛、人の顔、トカゲやヘビなど、様々なものが混ざったような形をしています。しかも、その表情やポーズはどこかぼんやりとしていたり、楽しそうだったり、寝ていたりと、あまり病気を引き起こすようには見えません。
このユルさは、現代日本のキャラクターたちにも通じる感覚です。例えば、「ドラえもん」や「トトロ」、「ポケモン」などは、動物や物体などが混ざったような形をしていますが、それがかえって親しみやすく感じられます。
また「ゆるキャラ」という言葉もありますね。ユルさは日本人にとって魅力的な要素なのかもしれません。

コミカルさ

ハラノムシは、病気を引き起こすという重いテーマにもかかわらず、コミカルな描写が多く見られます。

例えば
「大酒の虫」は隣と会話したり、酔い潰れたりする様子が描かれています。
「小姓」は甘酒を好む子供のような虫で「おしゃべりになる」という症状があります。
「鳴き寸白」はお腹をごろごろ鳴らすだけで他に何もしない虫です。
「悩みの虫」は物憂げな表情で酸っぱいものを食べています。

これらの描写は、読者に共感や笑いを誘う効果があります。

また、コミカルさは現代社会にも通じるメッセージを持っています。
例えば
「大酒の虫」は飲酒運転やアルコール依存症などの問題に対する啓発になります。
「小姓」はSNSやLINEなどでのコミュニケーションの重要性や危険性について考えさせられます。
「鳴き寸白」はストレスや不安などの感情を表現することの大切さや難しさについて教えてくれます。
「悩みの虫」はメンタルヘルスや自己肯定感などのテーマに関連しています。

ハラノムシは、笑いと真剣さを併せ持つ、現代人にとっても参考になるキャラクターなのです。

ファンタジーさ

ハラノムシは、現代科学ではあり得ないような存在ですが、それゆえにファンタジーの世界に誘ってくれます。
ハラノムシは、人間の体内に棲むという設定だけでなく、その形や特徴も非常に多彩で想像力豊かです。
例えば
「脹満」は人の顔と岩石が混ざったような形をしていますが、その顔はまるで仏像のようです。
「腎冷の虫」はヘビとトカゲと人の顔が混ざったような形をしていますが、その顔はまるでお化け屋敷のようです。
「心積」は人の顔に似ていますが、その顔はまるで恐怖映画のようです。

これらの虫たちは、私たちが普段見ることのない不思議な生き物であり、それだけで興味や好奇心をそそられます。

また、ファンタジーさは現代文化にも通じる要素です。
例えば「ドラゴンクエスト」や「ポケットモンスター」などのゲームやアニメでは、様々な形や特徴を持つ生き物たちが登場します。これらの生き物たちは、ハラノムシと同じように想像力豊かで魅力的です。
また「妖怪ウォッチ」や「ゲゲゲの鬼太郎」などでは、日本古来の妖怪たちが登場します。これらの妖怪たちは、ハラノムシと同じように人間の体内に棲んだり、病気を引き起こしたりするものもいます。
ハラノムシは、日本のファンタジー文化の源流とも言える存在なのです。

おわりに

いかがでしたでしょうか。
ハラノムシは、戦国時代の医学書に描かれた、人の体内に潜んで病気を引き起こすと考えられていた虫です。
しかし、その一方で、ユルさやコミカルさやファンタジーさを持つ、とても魅力的なキャラクターでもあります。
現代日本のキャラクターたちにも通じる感覚やメッセージを持っています。

このページでは、そんなハラノムシたちを詳しく紹介しました。
ハラノムシの世界に一緒に旅してくれてありがとうございました。
ハラノムシに触れていただき、鍼灸の歴史や文化に興味を持っていただくきっかけになれば幸いです。

また、ハラノムシたちが教えてくれるように、私たち自身の体や心の健康にも気を配っていきましょう。

最後に、茨木二介という鍼灸の先祖に敬意を表して、このページを締めくくりたいと思います。
ありがとうございました。

参考図書
長野仁、東昇・編
「戦国時代のハラノムシ 『針聞書』のゆかいな病魔たち」
国書刊行会 2007年



「針聞書」に描かれたハラノムシは、戦国時代の医学書に基づいて想像された、人の体内に潜む病気の原因とされる虫です。
しかし、その姿はコミカルでキュートで、現代のキャラクターにも通じる魅力があります。
この本では、ハラノムシ63種類をカラーイラストで紹介し、その特徴や治療法をわかりやすく解説しています。
九州国立博物館の元学芸員である東昇さんと、鍼灸師である長野仁さんが編集したこの本は、ハラノムシへの愛情が感じられる一冊です。絵本のようなサイズと厚みですが、内容は充実した図鑑です。鍼灸師の方はもちろん、一般の方にも楽しんでいただける本です。ぜひお手にとってみてください。